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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)2226号 判決

原告 株式会社青々社

右代表取締役 白山邦甫

右訴訟代理人弁護士 中西清一

被告 大平紙業株式会社

右代表取締役 池田守

右訴訟代理人弁護士 武藤達雄

主文

被告は原告に対し、原告が訴外北島政子との間で、別紙目録記載の土地建物につき、大阪法務局天王寺出張所昭和三五年二月二〇日受付第三六七九号所有権移転請求権保全仮登記にもとづき、昭和三六年三月二六日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因として、

一、訴外株式会社和歌山相互銀行は、訴外北島政子との間に締結された相互掛金契約による給付、貸付、手形割引、支払承諾ならびに当座貸越契約に基いて生ずべき債権を担保するため、昭和三五年二月一三日、北島所有の別紙目録記載の土地建物につき、北島が右債務の履行を一回でも遅滞したときは、銀行の一方的意思表示により、これを金二〇〇万円に評価して代物弁済に供することができる旨の予約を締結し、同年二月二〇日右不動産に主文掲記の仮登記をした。

二、北島は銀行に対して、金三六二万円余の債務を負担して倒産状態となり、昭和三六年三月二五日の弁済期に支払を遅滞したため、銀行は、同月二六日到達の書面で、北島に対し、右債権の内金二〇〇万円の弁済に代えて本件不動産を取得する旨の予約完結の意思表示をし、右物件の所有権を取得した。

三、原告は、同日銀行から銀行が予約完結権の行使により取得した物件の所有権と、前記仮登記に基いて北島に対し所有権移転本登記を求める権利を譲り受け、同月二九日前記仮登記に、所有権移転請求権移転の付記登記を受け、北島の協力を得て本登記手続をしようとするものである。

四、被告は、本件土地建物につき、前記法務局出張所受付にかかる、

イ、昭和三六年三月一八日付第六六〇四号、昭和三五年九月二〇日設定契約を原因とする根抵当権設定登記

ロ、昭和三六年三月一八日受付第六六〇五号、昭和三五年九月二〇日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を取得しており、右各登記の順位は原告の取得した前記仮登記よりおくれるから原告の本登記手続がなされたときは原告に対抗できない地位にあり、被告は、原告のなす本登記について登記上利害関係を有する。

五、よつて被告に対し、原告が右本登記手続をなすことの承諾を求める、

と述べ、被告の主張に対し

六、本件建物の増改築および表示変更登記の経過は、ほぼ被告主張のとおりであるが本件建物は一個の建物であつて、被告主張のように北側と南側に別個の建物が存在するのではない。すなわち、被告主張(五)のように、附属建物(一五坪二合八勺)を一たん取り壊してあらたに二階建事務所兼倉庫(一、二階とも各二二坪五合の北側建物)を別個の建物として新築したのではなく、右附属建物を二階建に増改築した上、南側の主たる建物に附加して一個の建物としたものである。

七、かりに、建物の現状が被告主張のとおりであるとしても、すでに登記簿上は一個の建物として表示されている以上、被告は別紙において所有権確認等の訴を提起することは格別、本訴において建物の一部が自己の所有に属することを理由に、承諾を拒むことはできない。

と述べ、立証として、≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、

(一)  原告主張の一、三、四、の事実中、訴外銀行を権利者とする仮登記の存することおよび原告名義に所有権移転請求権移転の付記登記がなされたこと、ならびに被告名義の各登記の存することは、いずれも別紙目録記載の物件のうち土地についてのみ認め、建物については否認する。その余の原告主張事実は知らない。

(二)  そもそも本件建物は、昭和三三年五月訴外北島が取得した当時は、木造亜鉛鋼板葺平家建(建坪二七坪三合九勺)であり、登記上の表示は、木造亜鉛鋼板葺平家建居宅一棟(建坪二七坪九合)であつた。

(三)  北島は、昭和三四年一一月ごろ、右建物のうち約三坪八合を取り壊し、さらにそのころ、一八坪一合八勺の二階を増築し、建物の北側に接属し右建物の一部として、屋根を葺下げにした約一五坪二合八勺の木造亜鉛鋼板葺の工場を増築した。その結果、北島は昭和三五年二月二〇日建物の登記簿上の表示を、木造亜鉛鋼板葺二階建居宅一棟(建坪二七坪四合八勺、二階坪一八坪一合八勺)とし、右葺下部分を附属建物亜鉛鋼板葺平家建工場一棟(建坪一五坪二合八勺)として変更登記をした。

(四)  そして北島は右建物を敷地である本件土地とともに、原告主張のとおり訴外銀行に対し代物弁済予約による仮登記をしたのである。

(五)  ところが、北島を代表取締役とする訴外株式会社三友洋行は、前記附属建物に該当する葺下部分(一五坪二合八勺)を取り壊し、そのあとに、あらたに木造スレート瓦葺二階建事務所兼倉庫(建坪一、二階とも各二二坪五合)を建築した。この建物は在来の南側の建物とは独立した別個の建物であるが、無届の不法建築であつたため保存登記ができず、未登記のまま放置された。

(六)  被告は昭和三六年一月三一日右三友洋行に対す記売掛金債権金二九八万余円の代物弁済として、同訴外会社からこの北側の未登記建物の所有権を取得した。

(七)  したがつて、訴外銀行の前記代物弁済予約の効力は、被告所有の未登記建物部分には及ばないのであるが、訴外北島は、昭和三六年六月八日不法にも右二棟の建物を一棟のように装い、被告所有の部分を含めて別紙目録記載のとおり一個の建物として表示変更登記をしたのである。

したがつて被告は、訴外銀行の仮登記以後に建築せられ、未登記のまま被告の所有に帰属した北側建物部分をも含めて本登記の承諾を求める本訴請求には応ずることはできない。

と述べ、立証として、≪省略≫

理由

別紙目録記載物件のうち、土地について、原告主張一、の仮登記、同三、の所有権移転請求権移転の付記登記ならびに同四の被告名義の各登記が存することは、争がない。

そして、≪証拠省略≫によれば、原告主張一ないし四の事実(右争のない事実を除く)を認めることができ、これに反する証拠はない。

そこで、以下被告の主張(二)ないし(七)およびこれに対する原告の六、七、の主張について判断する。

不動産登記法一〇五条の趣旨は、本登記の申請をしようとする仮登記権利者と、これにつき登記上利害関係を有する第三者との間において、登記上の順位の先後を確定し、右本登記により対抗力を失なう後順位の登記を抹消しようとするにあり、その登記上の順位の先後を確定する手段として、第三者の承諾書またはこれに代わる裁判の謄本の提出を要求しているのである。したがつて、右の第三者は、本登記をしようとする仮登記権利者よりも登記上後順位にあるかぎり、本登記を承諾すべき義務を負う。そして訴訟上この承諾義務の有無を判断するにあたり、登記上の順位の先後は、単に登記簿の記載の上から形式的にのみ判定すべきものでなく、仮登記権利者が本登記を申請すべき実体上の要件の存否にも立ち入つて判断することができるから、右第三者としては、順位の判定に影響を及ぼすべき登記上、実体上のあらゆる事由を主張して承諾義務を争うことができる。しかし反面、承諾義務がこのような性格をもつことの当然の結果として、第三者は、登記上の順位の先後に影響のない事情を主張して承諾義務を争うことはできないのである。

以上の観点に立つて、被告の(二)ないし(七)の主張を考えてみると、かりに被告主張のとおりであるとすれば、本来別個の建物として登記すべき新築建物(北側)を、在来の建物(南側)の増築であるとして床面積の変更登記をしたことは誤りであつて、本件建物の登記には建物の表示(床面積)に錯誤が存することになるのであるが、右新築建物が未登記であること被告の自認するところであり、いわゆる二重登記の場合にあたらないことを考慮すれば、建物の表示にこの程度の実体との不一致があつても、公示方法としての建物の登記自体を無効と解すべきではなく、いぜんとして在来の建物の登記としての効力を有するものというべきである。したがつて、かかる建物の表示の誤りは、原告を権利者とする本件仮登記と被告を権利者とする登記の効力に影響を及ぼさず、右両登記の間の順位にもなんらの変動を生じないこと、もちろんである。その点は、前記新築建物部分の所有者が被告であるか否かにより差異はない。(不動産の表示の登記は、不動産の客観的な現況と一致すべきものであつて、たまたま表示に誤りのある建物について、被告が原告の行なう本登記に承諾を与えたからといつて、原告と被告との関係で、右のごとき誤つた表示どおりの建物について、登記順位の先後が確定され。あるいは所有権の帰属が確定されるわけではない。このことは、不動産の表示の変更または更正の登記には、権利の変更または更正の場合と異なり、登記上利害関係人の承諾を必要としないことと関連する。換言すれば、訴外北島の行なつた床面積変更登記のさい、被告の承諾を必要としなかつたのは、被告が右変更登記により不利益をこうむることがないからである。建物の表示に存する実体との、不一致は、更正登記により是正すれば足り、また新築建物部分の所有権の帰属については、別訴で争うことを妨げないのである。ただ表示の誤りが重大であつて建物の同一性を公示するに足らないときは、建物の登記の効力じたいが失なわれるから、仮登記権利者の承諾請求権も存在しないことになろう。)してみると、右のように原、被告間の登記上の順位に影響を及ぼさない事情の主張にすぎない被告の(二)ないし(七)の主張はそのような事実の存否を判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

なお、原告の主張三、の事実によれば、原告は訴外北島から(訴外銀行の所有権取得登記を省略して)直接所有権移転本登記を受けようとするものであるが、前認定に供した各証拠によれば、右三者間にはこのような期間にはこのような中間省略登記について合意の存することが明らかであるから、この点は本訴請求について支障とはならないと考える。

そして前認定の原告主張の一、ないし四、の事実によれば、原告の本訴請求は正当であるから認容し、民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦)

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